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北川崎虫追い行事

 
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                   2012年7月24日  北川崎虫追い行事

 フーム! 「虫追い」「虫送り」、魅力的な言葉ですねぇ。虫(無視)出来ないですなぁ。それに「実盛送り」などという言葉もある。これは辞書にすぐ出て来る言葉なので調べてみると、実盛のわら人形を作り村中暴れさせて最後に村境で焼き捨てる行事のこと、何かワクワクしますね。
 斎藤 実盛(さいとう さねもり)、保元の乱、平治の乱においては義朝に従い
奮戦する。その後平氏に仕え、木曾義仲追討のため出陣するが、味方が総崩れとなる中、老齢の身を押し白髪を黒く染めて奮戦し、ついに討ち取られた。
 実盛が乗っていた馬が稲の切り株につまずいたところを討ち取られたために、実盛が稲を食い荒らす害虫(稲虫)になったとの言い伝えがある。そのため、稲虫(特にウンカ)は実盛虫とも呼ばれる。

 そんなわけで七月二十四日の北川崎虫追いの行事に「ににん」吟行の一員として参加させていてだきました。当日午後三時、東武伊勢崎線「せんげんだい」駅改札に集合。参加者は私を含め四人。さて四人そろったところで駅前のカフェに入って打ち合わせ。私は新人なので今回の吟行の報告を受け持つことになりましたが、無論、俳文調というわけにはね。タクシーで川崎神社に着いたのは四時過ぎ、まだ人もまばらでのんびり子供たちが太鼓を叩いて遊んでいました。

「虫追い」という行事をどのように捉えるか、大雑把に「エントロピーの解消」を目的とした祭りの一つとして考えてみたいのですが。エントロピーとは日々の生活のなかで溜まってしまうゴミとか澱のようなもので、そのために淀んでしまう暮らしを定期的にクリアする、リセットするための装置としての農耕儀礼、新しい時間を導入し生活を活性化させる農民の知恵。「実盛送り」に観られるようにスケープゴードを仕立てそこに害虫、疫病、さらには村に溜まっている怨念などを背負わせ一気に村の外へ送り出す。さて、お盆の行事などもそうですが、「お迎え」とか「送り」とか言う言葉が象徴するように内と外、その境界である村境、村境への曖昧で特殊な意識のあり方、いわゆる周縁、周縁性の持つ意味が私の頭の中に疑問符付きで浮上してきました。
 
虫追い行事の役員の方に尋ねたところ旧西方村を中心としたここの虫追い行事では、七つの字境に笹の葉の束を供える習慣が残っているとのこと。
 
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さて、しだいに人が集まって参りました。子供たちもたくさん集まりました。まだ空は明るいのですが六時半頃に行事が始まり氏子代表の方が拝礼、簡単な挨拶、紙コップでお神酒が振舞われるといよいよ松明に火が移されて松明の行列がおよそ二キロの道筋をゆっくり進み始めました。麦わらを竹の芯の周りに巻いた長さ一メートルから二メートルほどの松明を掲げた子供たちは楽しそうです。
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子の担ぐ虫追いの火の揺れこぼる     武井伸子

虫追いの火の行列の草に浮き      河邊幸行子




 次第に闇が迫って来て松明の列が生き生きと揺れながら進んで行きます。川崎神社の周辺は道路沿いに住宅が建ち並びしばらくしてやっと田畑が展望出来る道に差掛かりました。
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白鷺は首先き立てて虫送り     岩淵喜代子

虫送り麦藁焼け落ち闇に散る     高橋寛治     


 虫追いの役員の方の話では松明を作るのにおよそ三反の麦畑が必要だがそれもしだいに難しくなりつつあると言うことです。道の両側はすでに田んぼに変わり広々とした闇の中を進む松明の列は火の持つ焼き尽くし浄化する、神聖な力に就いて古代から人が抱いて来た畏敬の念を思い起こすに足る現代ではむしろ稀な機会ではないかなと私の目に写っていました。
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 わらの燃え尽きてポタッ、ポタッ、と地面に落ち煙る道を浄火の行列について行くとやがて松明の燃え残りなど集め火の手が一段と高く上がっている終点に着きました。

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ざっくばらん、淡々とした神事であって私は好感を持ちました。
                      (高橋寛治 写真 文)
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by basyou-ninin | 2012-07-24 11:23