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上毛高原吟行

                                    2012-6-28

 空が明るく笑い、まぶしいほどの緑に覆われた上毛高原駅に東京から一時間余りで着いた。蛍が出るのにはまだ間があるので、まずガラス工房に案内してもらった。冷房の利いた室内に入ると硬質な美しさとともに一点一点手作りされた温かみのようなものが伝わってくる。この山間にある小さなガラス美術館に展示されている製品の数々はどれをとっても魅力的だ。紀元前十五世紀のメソポタミアのトンボ玉。棒の先に材料をまいて作っていたので中心に穴があり糸を通してネックレスにしている。地中にあって土と同化し銀化現象を起こしたローマのガラスは霧がかかったような神秘的な色合いだ。ルネ・ラリックの花瓶はボーンチャイナのような乳白色をしている。先ほど見てきた工房の様子が目に浮かぶ。形を変えて世に出たいと願っているガラスの塊を新生の泉から汲みだし、息を吹きこみ一瞬のうちに手なずけて彩りも鮮やかに形作っていく。くるくる回る棒の先の魔法のような技に暫らく見とれていたのだった。工房は建物の二階にあり、一年を通して開けっ放しにしてある。外の日差しは強いが心地よい風が吹き抜ける。真夏はダクトから冷風が降りてきて時々体を冷やすのだそうだが、今日はそんな必要はなさそうだ。

万緑や火の坩堝からガラス汲む 岩淵喜代子
南風吹くメソポタミアのトンボ玉 武井伸子
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 次に訪れたのは上毛高原駅から車で七分ほどのところにある名胡桃城址。利根川と赤谷川がV字型に合流しているこのあたりは、越後に通じる三国街道、利根川沿いの清水峠道、鳥居峠を越えて信濃へ通じる道があり群雄割拠の戦国時代には軍事的に重要視されていた。城の西側の三国街道を上杉謙信は十数回も出陣し北条の支配下にあったこのあたり一帯を手中にしている。
謙信の死後は再び北条の手に渡り、さらに武田勝頼の命を受けた真田昌幸の軍勢の襲撃を受けたりとたびたびの小競り合いが続いていた。秀吉の裁定で、利根川の西側を真田領、東側を北条領としたが、これに不服な北条方の猪俣邦憲の不法占拠が原因となり、これに怒った秀吉の小田原攻めへと発展してゆく。北条方の敗北により戦国時代は終わりを告げるのだが、そのきっかけを作ったのがこの小さな山城であるのもこの地に立って初めて知った。
刈られた夏草の真ん中に一筋の道が三郭、二郭、本郭さらにささ郭と続く。各郭の間は谷の様にえぐれ手すりが渡してある。クローバーや芥子の花、蛍袋、薊などが転々と咲いていた。本郭には徳富蘇峰揮毫の「名胡桃城址之碑」があり杉木立が大きな影を落としていた。
 ささ郭からの眺めが素晴らしい。切り立った崖の下には利根川が流れ、それにそうように上越線が走っている。みなかみの街並みがおもちゃのように見える。 

山城の白つめ草を跨ぐなり   河邉幸行子
けしの花真つ赤にゆれて古戦場 浜田はるみ
薊咲く二の丸跡に風を踏み   浜岡 紀子

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聴いたこともない蛙の大合唱に迎えられ思わず頬が緩む。地元の方のご厚意で蛍の里のすぐそばまで車で送ってもらった矢先だった。蛍を見るのが目的なのだがこの蛙たちとも お目見えしたいと思ったがそんなゆとりはない。あたりには夕やみがうっすらと迫り暮れのこる田に半月が落ちていた。水音を耳が捕えたが流れの上には十薬がびっしりと生え、真っ白い花が目に鮮やかに飛び込んできた。向こう側は丈の高い水草が生えている。誰かの「あっホタル」という声を皮切りに見ると蛍の光が点滅している。そのうちにあちこちに飛び始め嬉しさがこみあげてくる。地元の方が数人集まっている所を挨拶を交わしながら通り抜ける。ここら辺りから登りが少しきつくなり山道へ入って行った。気がつけばもうすっかり暗くなっており、ちょっと距離を置くと前を行く人の姿が見えなくなる。息がはずむが置いて行かれないように必死で歩く。

声だけを頼りに歩く蛍狩       牧野 洋子
きりもなく闇湧き出づる蛍かな   武井 伸子
土に落ちれば土を照らして恋蛍  岩淵喜代子

 左下に池なのか水が光っていた。やっと一番高い所に着いたらしくその後はゆっくりと下り坂になった。頭上を覆っていた木々もなくふと見上げると半月が雲間を出たり入ったりしている。かなり平らな所に着いた。ここが蛍を見る一番のポイントなのだ。いるいる。こんなに沢山の蛍を見たのは初めてだった。何の明りか柵の向こう側の杉の木立が白くぼうっと見え、そこへ消えていくように、また其処から湧いてくるように蛍が乱舞している。下には流れがあるらしくその辺りにも沢山の蛍火が点滅している。息を呑んで見とれた。
 静かな時間が流れていた。じっとこの青の世界に浸っているとだんだんと息苦しくなってきた。

闇のなかにそこだけ煌々とした駅に着く。我々のほかは乗り降りする人のいない駅舎に列車が静かに滑り込んできた。車内にもほとんど人はいない。蛍の幻影を引きずっていたせいか無言のままそれぞれの家路についたのだった。        
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                         (浜岡紀子 写真・記)        
            
  
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by basyou-ninin | 2012-06-29 10:01 | 吟行