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嵯峨野吟行

          嵯峨野吟行    2006年6月19日(月)

阪急嵐山駅から小さな橋を越えて、中の島へ。

                  鄙びた感じの中ノ島橋を渡る
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この角度から渡月橋を見るのははじめてです。川原に光りが溢れていました。
強い日差しを浴びながら、しばらくは燕が何度も橋桁をくぐったり、白鷺が羽をひろげていたり、釣り人が竿をしならせるのを眺めていました。それから、渡月橋を渡りました。

暑き日を承知の助の嵯峨詣    伊丹竹野子
                     
                    中の島から渡月橋を見る
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                  渡月橋を横断する幼稚園生たち
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美しい緑の竹林を左右に見て、野宮へ。
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竹皮を脱ぎてヒスイの色になり    上田禎子
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面影に似て石仏竹落葉    西田もとつぐ

黒木の鳥居、小柴垣の野宮は、こじんまりと清らかな感じのする神社です。
                     
                     境内の赤い鳥居と苔
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常寂光寺では鐘の音が聞けました。ギンヤンマが鐘のひびきに釣られたように、鐘撞堂に向かって、ホーバリングを繰り返していました。
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落柿舎では投句箱がもうけてあり、皆、一句を投げ入れた様子でした。
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花南天日まみれの虫まとひつき    武井伸子

去来の墓、まるで結界のように、蜘蛛の糸が張り巡らされていました。
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大日如来、平清盛、祇王、祇女、仏御前などの木造像が安置されている祇王寺。ここの猫はたいへんな美形でした。
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祇王寺のまつ白な猫涼しかり    浅見優子

光りの加減が美しい吉野窓。
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梅雨明けの山風通す吉野窓    平林恵子

檀林寺前に止まっていた人力車。嵯峨野散策のあちこちで出会いました。
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鱧食べてゐる父母が居るやうに    岩淵喜代子

遅い昼食をとりながら句を作り、嵯峨野吟行を終えました。


                   文・写真/武井伸子

   
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                    番外編 蛍の夜
                
                  哲学の道から夕焼けをのぞむ
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蛍は飛ぶのを見るのが最上ですが、また、蛍の出るのを待つのも楽しいことと経験しました。特に京都の、哲学の道にですから、東女にとってはめったにないことで、わくわくしました。結果は飛んだのを見たのは数えるほどでしたが、木や疎水の草に無数にとまって、きらきらと宝石のように輝いていました。いっせいに飛び立って乱舞する風情を想像しながらの帰り道でした。
                    
                   文・上田禎子/写真・武井伸子


「吟行燦燦」以前のににん吟行は、こちらのページに掲載しています。
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by basyou-ninin | 2006-06-19 09:00 | 吟行

鬼貫吟行

              鬼貫吟行    2006.6.18(日)

「吟行燦燦」第1回目は、上嶋鬼貫を訪ねて、兵庫県伊丹市へ飛びました(この吟行は俳誌「ににん」24号より誌上掲載されます)。
まずは柿衞文庫で、伊丹の俳人「上嶋鬼貫」に関するレクチャーを学芸員の岡田麗氏から受けました。
柿衞文庫は鬼貫研究でも知られる俳文学者、岡田利兵衞(雅号 柿衞)の蒐集品からなり、俳書を中心に書籍、約3500点、さらに軸物、短冊などの真蹟類約6000点を蔵しています。
またここでは、鬼貫の時代、宗旦がひらいた俳諧塾にちなみ、平成5年から也雲軒(塾頭 坪内稔典氏)の俳句塾が活動しています。

膝だいてゐる鬼貫の夕涼み    岩淵喜代子
                        
                        柿衞文庫
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旧岡田家住宅・酒造などを見学して、岡田麗氏のご案内で、伊丹の町へ。寛文以後、70軒以上の酒造家が軒を連ねていたという伊丹。富裕層はその経済力にものをいわせて、あらゆる学芸に親しんでいたといいます。俳諧もそのひとつ。寛文から元文にかけて、100名をこえる俳人が活躍していたというから、まさに俳諧の町だったわけです。鬼貫の家も油屋という酒造家でした。

酒蔵に芒種の月のあがりけり    西田もとつぐ

鬼貫もくぐりし酒蔵夏暖簾      武井伸子
            
                       旧岡田家酒造
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万治4年(1661)に生をうけ、元文3年(1738)に78歳で亡くなった鬼貫は、大阪鳳林寺に葬られていますが、ここ墨染寺にも長男永太郎との親子墓があります。

鬼貫の墓あり西日真正面    平林恵子

                      墨染寺 鬼貫親子墓
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猪名野神社にある鬼貫の句碑。剥落がはじまっているようで、少し土台が心元ない感じでした。足元の地面には春蝉の穴らしき穴がいくつか。敷地内には亀の池や珍しい土俵がありました。

              鬼貫句碑 鳥はまだ口もほどけず初桜
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整然とならんだ、神社の掃除道具。
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伊丹の町で、立ち止まっては岡田麗氏(右から2人目)のレクチャーにメモをとる「ににん」メンバー。
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最後の訪問は荒村寺。ここにも鬼貫の句碑がありました。
これは出迎えてくれた、犬。
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薄西日犬の留守番荒村寺    浅見優子
               
                  
               鬼貫句碑 古城や茨くろなるきりぎりす
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夏帽子鬼貫の句碑めぐりけり     上田禎子

昆陽池のほとりの宿り明け易し    伊丹竹野子

ここを出る頃には、路面に西日があたり、旅の空は暮れはじめていました。
明日は嵯峨野吟行。楽しみです。


                     
                     写真・文/武井伸子


「吟行燦燦」以前のににん吟行は、こちらのページに掲載しています。
            
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by basyou-ninin | 2006-06-18 09:00 | 吟行