![]() 7月3日から5日にかけて、ジェイアールの「大人の休日」の定額乗り放題のチケットを使って、青葉木菟の声を聞きにゆこうと、女五人の二泊三日の風狂の旅が始まった。まずは、飛島という山形県沖に浮かぶ島へ向かう。新幹線で新潟へ出て、乗り継いで酒田へ。酒田の港から船でおよそ一時間半の行程である。 梅 雨晴や割引切符握りしめ 上田禎子 車中が長いので、帳面回しをしながら、ウォーミングアップをする。前の人の五七五の句に、その心を汲みながら、五七五の句を付けて、歌仙のように巻いてゆく。折しも、車窓には、米どころ新潟平野の、一面の青田波が美しく、平野にすぐ山が迫っている風景に心を奪われる。さらに沖には、うっすらと、佐渡が横たわり、炎天の波のきらめきの中に、奇岩がそびえたつ珍しい風景が続く。 婆ひとり腰に手をあて青田風 武井伸子 夏草や鉄路の錆にしがみつき 牧野洋子 立葵海見るときは山を背に 岩淵喜代子 飛島へ渡る定期船は平日は一日一便である。トビシマカンゾウなどの珍しい植物の宝庫で、 沖合には海猫の塒になっている小島がある。 海猫の数の方が島民より多いかもしれない。 定期船海猫の高鳴き嗤ふごと 長嶺千晶 花となるパセリや飛島診療所 岩淵喜代子 海猫や島に一つの理髪店 上田禎子 ここは、齋藤慎爾氏の故郷で、船着き場の公園に氏の「梟や闇のはじめは白に似て」の句碑が建っている。船着き場は飛魚を焼く匂いがあふれ、これをだしの素にするという。夫が釣ってきた飛魚を捌いて焼くのは妻の仕事である。沖には、鳥海山が浮かびあがり、この平家の落人の裔の漁業の島を、見守っているようだ。 敷網の飛魚外し妻へ投ぐ 上田禎子 飛魚を焼く七輪に女の輪 長嶺千晶 運ばれてきたる鮑の月色に 岩淵喜代子 消灯は九時なり島の立葵 岩淵喜代子 落人の島は眠りに夏の月 武井伸子 一島の眠りこけたる青葉木菟 武井伸子 食べきれないほどの、鮑、荒布等々の海の幸を夕食にいただき、句会をどうしようか、などと言っているうちに、宴会は九時までに終わらせてくださいと島内放送が流れる。旅の疲れもあって、みな早々と九時に寝てしまう。青葉木菟の声は定かではなかった。 たぶの木に椨の闇あり青葉木菟 岩淵喜代子 椨の森浅黄斑蝶の透きとほる 長嶺千晶 桜の実踏みつつ一山巡りたる 武井伸子 昼顔の伸びゆく飛島小学校 武井伸子 翌朝は五時起床。港へ漁を終えた舟が帰ってくるのを見てから朝食後、椨の原生林を散策する。海岸のすぐ後ろは切り立った崖になり、その上には野菜畑が広がって、青菜の色がみずみずしい。入江には臨海学校の生徒たちが、水着姿で点呼されていた。今、島の人口は二七〇名ほどだという。自転車組と徒歩組に分かれて、ほぼ島を半周したのち、句会。さらに定期船を待って酒田へ。酒田の宿の食事が、また見事で、圧巻は岩牡蠣だった。これは夏季が旬という生牡蠣で、一口では食べきれない大きさと、味のまろやかさは、滋養そのものである。結局、三日の旅行で二キロも太ってしまった。後悔先に立たずである。 鐙屋の帳場に家訓蚊遣香 上田禎子 柿の花蔵の扉の半開き 牧野洋子 おばしまに青水無月の風吹けり 牧野洋子 酒田には、西鶴の『日本永代蔵』にも記述がある鐙屋という昔の廻船問屋や、「本間様にはおよびはせが、せめてなりたや殿様に」と唄われ、殿様に貸し付けをするほど財力のあった豪商として名高い、本間家の旧居が保存されている。今は美術館ととなっている本間家の別荘も見学した。別荘は宮様もお泊りになったとか、庭園を吹いてくる涼風も心地よい。美術館には、伝芭蕉筆という書きつけや、肖像画があり、酒田が、芭蕉の「おくの細道」の旧跡であったことが偲ばれる。長山重行という武士の家と淵庵不玉という医者の家に芭蕉は泊まっているので、そこを尋ねようと、汗を拭きつつ歩いたが、長山家の跡は、焼き肉のファミリーレストランに、不玉の家の跡は、酒田市役所になっていて、「ここ」と矢印をした棒グイが立っていただけだった。 暑き日を海に入れたり最上川 芭蕉 ![]() せめて、最上川を見ようと日和山公園にむかう。ここは文学の散歩道として、たくさんの句碑が並ぶ。隣には映画「おくりびと」のロケに使われた建物もあり、今、酒田はちょっとした観光ブームである。公園から俯瞰した、最上川の河川敷には、造船所がひろがり、殺伐とした風景になっている。 ![]() 象潟や雨に西施がねぶの花 芭蕉 西施の面影を求めて、象潟に降り立つ。折から、一面に空は晴れわたり、 観光の為に植えられた合歓の若木 がところどころに花をつけている。芭蕉が泊まった蚶満寺へ。芭蕉像もまた新しいものである。象潟は地震によって隆起してしまい、九十九島と名付けられた。潟に浮かぶはずの小島は、青田の上の小山になってしまっていた。「象潟はうらむがごとし」とは、美女にたとえた芭蕉の弁だが、この変わりようは、まさに「うらむがごとし」であった。風狂の女五人旅は、ここに極まったのであった。 花合歓や象潟の島数へをり 牧野洋子 振り返る舟繋ぐ石に蟋蟀 牧野洋子 象潟は松籟響く青田かな 長嶺千晶 (長嶺千晶記) by basyou-ninin | 2009-07-03 16:41
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