小野竹喬展と北の丸公園桜吟行

a0090198_10165196.jpg
芭蕉にちなむ吟行燦燦の今回は、東京国立近代美術館の、小野竹喬展の鑑賞である。お目あては、竹喬の「奥の細道抄絵」と題した作品群である。最晩年である八七歳の折の作品で、芭蕉に深く傾倒していた竹喬の真髄が伝わってくる。
小野竹喬(1889~1979)は日本画家として風景画に新しい表現を模索したことで知られている。竹内栖鳳に師事し、この「奥の細道抄絵」を描きあげた昭和五一年には文化勲章を受章している。もともと一七歳のころから俳句に親しみ、松瀬青々のもとで句作に励んでいたという。竹喬が芭蕉について述べたつぎの言葉が印象深い。これが「奥の細道抄絵」を描く動機でもあった。
「私は若い頃から、芭蕉の文章なり、句から感受するものはまっとうな人間性であった。
芭蕉の真剣さは、私の心の奥深く沁み入るようにはいって来るのであった。私はいつかこの真剣さに取り組んでみたいと思うようになっていた。」
 『奥の細道』は、オリジナルな自然から芭蕉というフィルターを通して作りあげられたフィクションであり、さらにその『奥の細道』を踏まえ、現場に足を運んではいるものの、「奥の細道抄絵」は、竹喬の創作である。さらに、その絵から啓発されて、俳句を作ると一体どういうことになるのだろうか。

目玉焼きのやうな太陽夏隣   上田禎子
これは竹喬の「奥の細道抄絵・暑き日を海に入れたり最上川」から詠まれた。他にも、竹喬の風景画の中へ没入して、皆さまざまに句作したが、それぞれに一句として独立した景色を持つことに目を瞠る。

耕して空へ至れる隠岐の国  尾崎じゅん木
青空へ畑積み上げて鳥の恋    武井伸子
木の根開くわづかに水の動く音 尾崎じゅん木
ぽつかりと木の根開きたる春の雪  武井伸子

 前二句は竹喬の「南島四季のうち春秋」からの作であろうか。後二句は「宿雪」よりと思われる。絵を離れても風景が立ちあがってくる。

一木を春夕焼けの揺らしをり  岩淵喜代子
もの売りの婆に被さる花の山   武井伸子
潮風に黒牛引かれゆく遅日  尾崎じゅん木
はつなつの風や白帆の躍りだす  長嶺千晶

さらに、画面から、一歩距離を置いたアプローチで詠まれた句もある。

蝌蚪生まれては竹喬の茜雲   岩淵喜代子
竹喬の空と雲あり花万朶     上田禎子
セザンヌの絵に似て島の冬の丘  牧野洋子
画面より立ち上がる波鳥雲に   芹沢 芹

 直接自然からではなく、絵画作品などの二次的、三次的なものから想を得て句作するのは、季感をどこに求めるかが難しい。
おだやかな竹喬の画風に癒されて、花の千鳥ケ淵へと吟行の歩を進める。
a0090198_0121331.jpg

鳥騒ぐ千鳥ケ淵のさくら冷え   牧野洋子
ひと揺すりして花冷の紙袋    芹沢 芹
シスターの足首ほそき絮蒲公英 岩淵喜代子
花に逢ふ硝子のビルを抜けだして 長嶺千晶
花の下時計持たねば時忘る    上田禎子

 折しも桜は満開となり、蘇枋や海棠も競うように花をつけていた。北の丸公園内の武道館では、日大の入学式があるという。新入生の父兄が会場の前で二時間並ばされて待たされていた。今どきは、一人の新入生に対して、二人以上の父兄が入学式に出席するという。お濠端でもたくさんの新入生が桜を背景に父母に写真を撮られていた。人も花も、あふれんばかりにごったがえしている。その昔、若者の自由の象徴だった、ビートルズが来日した記念の武道館も、変わらないのは、屋根の上の金の宝珠の飾りだけなのだろうか。

突つき合ふひとかたまりの新入生 武井伸子
鴨ばかり数へて春を惜しみけり  芹沢 芹
足早に九段の坂の花の冷え    牧野洋子
a0090198_01306.jpg

 四月八日はお釈迦様の生誕、花祭だったので、帰りがけに文京区の護国寺まで足を伸ばして、甘茶仏を拝もうということになった。

あかがねの身の濡れ通し甘茶仏  芹沢 芹
大寺や黄花の中の甘茶仏     牧野洋子

 護国寺は、徳川綱吉の母、桂昌院の発願によって建立された、真言宗の格式の高い寺である。明治以降は、墓地の半分は皇族墓地とされ本堂をはじめ数々の重要文化財がある。
 句会を終えて、四時ごろ寺につくと、山門の前に花御堂が飾ってあり、中に小さな誕生仏が祀られ、甘茶をかけられるようになっていた。しかし、花御堂の花がすべて造花だったのは興ざめである。これは閉門間近なので山門の外に置かれる、簡便なものだったらしい。本堂まで上がっていくと、本物の花で作られた花御堂が片づけられた跡があった。
都会の、それも格式の高い寺には、閉門の時間が厳然とあるのである。境内の枝垂れ桜が花吹雪となって一斉に散りかかってきたのは桜吟行の終わりにふさわしいものだった。

花みちて花散りて身ひとつかな 尾崎じゅん木

(長嶺千晶 記)
[PR]
by basyou-ninin | 2010-04-08 00:07
<< 出羽三山の旅 「芭蕉 <奥の細道>... >>